ブログコンセプト&自己紹介

ようこそ、NATSPHIA(ナツフィア)へ。
当ブログ「NATSPHIA」の運営者、自由を育てる魔女・青山奈都(あおやま なつ)です。

この度は、たくさんあるサイトの中から当ブログ「NATSPHIA」にアクセスしていただき、本当にありがとうございます。

このページでは、NATSPHIAのコンセプトとわたしのプロフィールについてご紹介します。

NATSPHIAの理念(コンセプト)

お金や時間に縛られず、自分の人生を自由に生きる。

このブログは、お金のことや誰かのための時間に急き立てられ、自分の時間を持てないあなたへ向けた場所です。

「いまを少しだけ良くする」をテーマに、自分の人生を生きるための自由の育て方を発信しています。

自由に生きたい、というのは誰しも1度は思うものでしょう。
まったく思わないというのであれば、あなたは思う通りの人生を自由に生きている人だと思います。
そういった人には、たぶんこのブログは合いません。

人生山あり谷ありだとは言うけれど、世間のみんなが同情するようなどん底を味わったこともなく、かといって誰もが羨むような成功をしているわけでもなく。

生活のために会社に行って仕事をして、へとへとになって帰宅して、家のことをするだけ。
自分のために使う時間はほとんどないまま、明日の仕事のためにとにかく寝ては、次の日朝早く仕事に行くことの繰り返し。

やらなきゃいけないことと、やりたいことが山積みで時間は常に足りなくて、何のために生きてるのかわからない。

働いても働いてもお給料は上がらないのに、物価はどんどん上がっていって、無駄遣いはしていないのに生活は苦しくなるばかり。

時間もお金も足りなすぎて、自分の成長のためにお金や時間を使う余裕がない。

「もっと自分らしく自由に生きたいのになぁ」

そう思いながらも、何から手をつければいいのか分からず、そもそも何かをする余裕すらない。

そんな生活から脱して、お金の心配をすることなく、自分のために時間を使える自分らしい生活を実現するための、「自由の育て方」をお届けする場所です。

自由を育てる、ということ

一般的な感覚だと、「自由」とはどこかから与えられたり、手に入れたりするものという認識であることが多いと思います。

NATSPHIAでは、
「自分の中にある、こう在りたい、という生き方を実現するチカラ」
として自由のいう言葉を使っています。

そして、そのチカラを手に入れたうえで長期的に鍛え、成熟させていくことを「自由を育てる」と定義しています。

この「自由を育てる」というテーマでNATSPHIAが発信する情報は、わたしがわたし自身のために考えたり、実践したものを共有する形になるので、誰にでも適しているというわけではありません。

わたしの育てていきたい「自由」は次の3つです。

1. お金の自由(Freedom of Money)

「生きるために働く」から「生きたい道を選ぶため」へ。

お金の自由というのは、毎食何十万もする豪華な料理を食べたり、高級なアイテムを買ったり、好き勝手贅沢三昧をしよう、というものではありません。

会社に勤めて朝から晩まで働いても、お給料の半分近くが税金で持っていかれて、日々の生活費だけで手一杯。貯金をする余裕すらない。
会社に何かあったら共倒れする可能性だってある。

そんな状態から脱するために、会社に依存しない収入の手段を手に入れることを1つの目安としています。

生活に必要なものを買うのに、常にお財布の中を意識しながら買い物をする必要がなくなれば、心に余裕が生まれます。

ちょっと気になった1,000円くらいする珈琲を、お金に余裕がないからと諦めなくてよくなります。

自分の成長のために使えるお金ができます。

「必要なものを、必要なときに、必要なだけ手にいれることができる」
その安心感の先に「わたしはこう在りたい」という理想を実現するための自己投資ができることを目指しています。

2. 時間の自由(Freedom of Time)

「命の使い方」を、自分の手に取り戻す。

時間は「命」そのものだというのに、その大切な「時間」を自分のために使えている人は少ないです。

8時間労働+通勤時間+残業で1日の大半の時間が仕事に持っていかれていたり、1日中家事に追われていたりします。
やりがいや生きがいを仕事に感じている人はそれでもいいかもしれません。

でも、そうではなく、もっと他にやりたいことがあるのに、「生活に必要なお金を稼ぐためだけに長時間働いている」というのは不自由を感じるものです。

誰かの期待や都合を押し付けられただけの残業や、不本意な拘束に自分の大切な命をすり減らすのは、とてもとてもシンドイです。

大切な人と食卓を囲む、1人の時間に没頭する、自分の成長のための勉強をする。

そういう、誰かのためではない、自分の価値観にそって、自分のために、「どういう事に、どれだけ命を使うか」を自分で決めることができるようになることを目指しています。

3. 選択の自由(Freedom of Choice)

「こう在りたい」という理想を、今この瞬間から選ぶ。

わたしたちの人生は、選択の積み重ねです。
ならば、自分の人生を生きるには、周囲の顔色を伺って選ぶのではなく、「私はこう在りたい」というビジョンに従って、自分の意志で「今、ここ」を選び取ることが大切になるわけです。

他者の願望を生きるのではなく、自分の意志で一歩を踏み出す。
その勇気の積み重ねが、自分だけの自由な人生を作っていく。

自分の人生を生きるための選択を他人任せにしないことを目指します。

自由を育てることで得られるもの

お金の自由。
時間の自由。
選択の自由。

この3つを育てることで、人生を“なんとなく”から“自分の意志”へと変えていけると考えています。

自由は奇跡ではありません。

自分の選択をひとつずつ重ねることで、
自分の人生に、自分で魔法をかけていく。

それが、自由を育てるということだと思っています。

自由を育てる魔女・青山奈都について

改めまして。
自由を育てる魔女、青山奈都です。

今でこそ「自由を育てる魔女」を名乗っていますが、少し前までのわたしは、世情と他人の意見に流されるまま生きていて、人生が不自由であることは仕方ないことだと諦めていました。

ガマンを強いられてきた子供時代

わたしは下に弟妹がいて、子どもの頃から何かと「お姉ちゃんなんだから」という言葉を言われ続けていました。

・お姉ちゃんなんだから我慢して。
・お姉ちゃんなんだから弟や妹の面倒を見て。
・お姉ちゃんなんだから下の2人を優先してあげて。

下の弟妹がいる人は何度となく言われたことがある人は多いでしょう。

人によって感じ方は違うでしょうが、わたしはとても抑圧されていると感じていました。

「お姉ちゃんなんだから」という言葉ひとつで、下の子が泣きわめけば自分が悪者になることなどしょっちゅうでした。
親から「してはダメ」と言われたことをやる弟妹を叱ったときも、散々泣かれてわたしが悪者となり親に叩かれたこともあります。

わたしの持ち物を断りもなく使われて怒った時は、「お姉ちゃんなんだから貸してあげればいいでしょ」と言われ、わたしの気持ちを蔑ろにされているようでした。

習いごとも、下の2人はピアノに剣道とやりたいことをやらせてもらっているのに、わたしは親に無理やり連れていかれたソロバン教室だけ。
自分もピアノをやりたいと言っても、もうソロバン教室に通っているからと却下されるだけでした。

わたしは誰からも尊重されない存在なのだ。

そう思い知った子どものわたしは、いつしか自分の意見を飲み込むクセがついていました。

間違え続けた20代から30代

自分の意見を出せない。
自分のことを後回しにする。

そんな悪癖がついたまま大人になったわたしは、当然のように選択を間違え続けました。

人付き合いが苦手なのに、流れで選んでしまった介護の道。
介護学校に通うも、よく知らない大勢の人間を相手にしなくてはいけないストレスと、実習授業の辛さに耐えながら頑張るも半年で限界になり、自分の弱さと出来の悪さに泣きながら学校を中退しました。

なんとかツテで社会人として就職した後は、ストレス発散と癒しを求めてアニメやゲームのグッズ、ちょっとお高いお人形などを買い漁る日々を送ります。

手元のお金じゃ足りなくて、クレジットカードで支払うことも。

しかも、クレジットカードの支払いを『リボ払い』にしてしまっていたという情弱ぶり。
お金の知識が少しでもあれば選ばない方法を、知識がないがゆえに選んでいました。

そのせいもあって、雪だるま式に借金が増え続け、気が付けば利息を含めて200万円もの借金を抱える事態に陥り、返済に追われる羽目になりました。

特別な才能があるわけでもない、誇れるキャリアもない。それどころかお金にさえ失敗している。

「どうせ自分なんて、このまま流されてどん底の人生終わるんだ」

そうやって自分を卑下して、流されるどころか停滞していることが当たり前になっていたのです。

現在と未来を変えるべく動き始めた『今』

このままではどうにもならないと、40歳目前でようやく自覚し、財務整理を弁護士にお願いすることを決めました。

弁護士に相談するということも、当時のわたしには心理的なハードルがとても高かく、震える手で電話をしたのを覚えています。

借金は整理できました。
でも、それで人生が急に良くなったわけではありませんでした。

お金の問題はひとつの結果でしかなく、
本当の問題は、わたしが自分の人生を選んでこなかったことだったのだと気づいたのです。

このまま流されるまま歳を重ねるのは嫌でした。
より善い未来を、自分の意志で選べる人生にしたい。
そう思い、自分を少しずつ変えていこうと決めました。

けれど、自由は突然手に入るものではありません。
誰かが与えてくれるものでもありません。

だからわたしは、「自由を手に入れる」のではなく、「自由を育てる」ことにしました。

与えられるのを待つのではなく、誰かの期待や都合に合わせるのでもなく、自分の生き方を自分で決めていく。

そんな在り方を、自分への決意として、
「自由を育てる魔女」と名乗ることにしました。

わたしは特別な力を持っているわけではありません。
けれど、自分の人生に自分で魔法をかけることはできる。
そう信じています。

このブログは、わたし自身が自由を育てていく過程を言葉にして残していく場所です。

お金のこと。
時間のこと。
そして、選択のこと。

ひとつずつ向き合い、試し、整えながら、自分の人生を自分の手に取り戻していく記録です。

まだ完成形ではありません。
試行錯誤の途中です。
でも、方向は決めました。

何歳からでも、人生は選び直せる。
これまで自分を後回しにしてきたとしても、今この瞬間から、自分のために選ぶことはできる。

もし、かつてのわたしのように「このままじゃ嫌だ」と感じているなら。

大きな変化でなくていい。
まずは、小さな一歩から。

ここが、そのはじめの一歩になれたら嬉しいです。